歯周病は歯をグラグラにして抜けやすくし、口の中だけに悪影響を与える病気ではありません。心疾患、脳血管障害、低体重児出産などと関係があるとされているだけでなく、現在、100以上の病気と関連があると言われています。最近では慢性関節リウマチの原因の一つとされ、アルツハイマー病とも関連があることが分かりました。歯周病を治療せず放置と、歯を失うだけでなく全身の健康を脅かし、生活の質を著しく低下させます。
歯周病をイメージできる?
私たちの体の中にはたくさんの菌がいます。その菌にはビフィズス菌や乳酸菌などの良い菌と、有毒株の大腸菌やブドウ球菌などの悪い菌が交じりあっています。この菌の集団が悪い菌に偏らないようにコントロールすることが大切で、それは口の中でも同じことが言えます。
歯周病になった人の口の中は…?
歯と歯茎の間には歯周ポケットという隙間があり、そのなかに歯垢(プラーク)がたまります。この歯垢はバイオフィルムとも呼ばれヌメヌメ・ネバネバした細菌の集合体です。このバイオフィルムの中に虫歯や歯周病の原因菌が多数います。バイオフィルムは、うがいやデンタルリンス、抗菌剤を使用しても簡単に除去できません。
歯周病の人の歯周ポケットの中は、粘膜(上皮、皮膚のようなもの)が剥がれて、傷が表面に出ているのと同じ状況、いわゆる潰瘍の状態になっています。全ての歯に5mmの歯周ポケットがあった場合、だいたい手のひら全体と同じ大きさです。そこに悪玉菌が多くなった質の悪いバイオフィルムがついています。
バイオフィルムがあると、外から入ってくるばい菌(肺炎の菌など)がペタペタと張り付きやすくなります。さらに歯周病の人は、傷がそのまま悪い菌にさらされているため、悪い菌が体の中に入るリスクが高くなっているのです。
バイオフィルムって?…水道管をイメージしてみよう
どんなにきれいな水道管でも、厳密に調べると一定数の細菌がいます。しかし特に問題なく、飲んだり料理やシャワーに使ったりできます。いろいろな菌がいてもちょうど良いバランスを保っていれればで、特に問題はありません。これは正常な人の口の中と同じ。歯周病でない人の口の中も、良い菌と悪い菌がいますが、それぞれがバランスを取り合っています。
しかし水道管の中で悪い菌が増えると、内側にヌメリがつき、中を流れる水が汚くなります。それが口の中で起きているのが歯周病です。このヌメリは、歯周病になった人の歯周ポケットの中にあるバイオフィルムと同じなのです。
つまり、歯周病の人の口の中は、大きな傷がある手のひらで汚い水道管を触り続けているのと同じです。その傷から体の中にいろいろな病原体が入り続けている状態だとイメージすると、全身に影響が出るもの理解出来るのではないでしょうか。
恐ろしいテロリスト、歯周病の病原菌Pg菌
さて、普通の傷なら自然とふさがるのに、なぜ歯周病の傷は治らないのかと不思議に思う人もいるかもしれません。
それは歯垢の中にいる歯周病の原因菌であるPg菌が傷を塞がらないよう邪魔し、さらに出血させるよう働くからです。Pg菌は血液中の鉄分を栄養としているため、出血を促す、まるで吸血鬼のような菌です。それだけでなく、免疫細胞に攻撃されると自分が消滅する際に毒素をまき散らし、健康な歯周組織も傷つけるというテロリストのような一面すらあります。
歯ブラシをすると歯垢(プラーク)がバラバラになるため、口の中のPg菌を減らすことができます。しかしこの菌は常在菌なので、きれいにプラークコントロールをしても3日くらいするとまた発生してきます。
できるだけ毎日歯ブラシをして歯周ポケット内の傷を減らし、できるだけPg菌を増やさないようにすることが大切です。
アルツハイマーと歯周病
アドバンスサイエンス誌の2019年の1月23日号に、アルツハイマー病と歯周病の深い関りが明らかになったという論文が掲載されています。歯周病は、今まで考えられていたよりも全身にさまざまな影響を及ぼす感染症であることが分かってきているのです。
アルツハイマー病の患者さんと健康の患者さんの脳を比べたとき、アルツハイマー病の患者さんの海馬(記憶をつかさどる部分)にだけ、Pg菌が出す酵素が見つかりました。
脳は私たちの体の中でも特に重要な臓器です。特別なバリアが作られていて、脳には細菌やウィルスなどのいろいろなものが入り込まないように厳重に守られています。
このバリアをどうやって破り脳に入り込んだかはまだ分かっていませんが、歯周病菌であるPg菌が出す酵素が脳にあったという事実だけは分かっています。これだけでも、歯周病がアルツハイマー病と無関係ではないことの証明になります。
慢性関節リウマチと歯周病
歯周病が関係するのはアルツハイマー病だけではありません。慢性関節リウマチにも関与していることが分かっています。
慢性関節リウマチの患者さんの膝や関節の中にある滑液という液からACPAという抗体が検出されたのですが、通常これは自分の体にないものです。そのため、それを攻撃してボロボロになったのがリウマチだということが分かってきています。
なぜこのような抗体ができたのかを調べてみると、いろいろな菌がタンパク分解酵素を出したことが原因だということが分かってきました。
その原因となる菌の中に、歯周病の原因であるPg菌がいるのです。実際慢性関節リウマチの患者さんの滑液の中にPg菌がいたことも明らかになっています。
骨粗しょう症と歯周病
骨粗しょう症になるのは高齢の女性が多く、大腿骨などの太い骨を骨折して寝たきりになるきっかけになりやすいことが問題とされています。整形外科では骨折のリスクを下げることが多くの人にとって利益があると考え、ビスフォストネート製剤(BP製剤)という薬が使われています。
この薬を使っている人が、歯周病などが原因で抜歯をはじめとする外科処置を受けると、骨が腐る副作用が起きる可能性があると考えられています。そして現在では、慢性炎症がある方が歯周病であったり、根の先の病気がある場合も同じ副作用が起きると言われています。
このため現在の歯科では、骨粗しょう症を患った患者さんに対しては、歯周病を防ぎ、細菌感染による慢性的な炎症を減らすことが一番の解決策だと考えられています。つまり、口腔内をきれいにすることが顎骨壊死を防ぐ最も有効な予防法ということです。
骨粗しょう症による顎骨壊死の仕組み
私たちの体の中には骨を溶かす細胞と作る細胞があり、正常な体の人の体内では、常に溶かして作ってという工程が行われています。そのため、歯周病になり歯周病の細菌が体の中に入ってくると、細菌から守るために骨を遠ざけようと、骨を溶かす細胞が働きます。
ところがビスフォストネート製剤(BP製剤)を使っていると骨を溶かす働きがストップするため、骨が細菌に感染するリスクが高くなります。最悪の場合骨が壊死してしまうかもしれないのです。そのため、骨粗しょう症でビスフォストネート製剤(BP製剤)を使用している患者さんに抜歯を行うと、あごの骨が腐る顎骨壊死という副作用が起こるリスクがあります。
糖尿病と歯周病
歯周病になると炎症が起きる率が高くなり、心筋梗塞になる率も上がります。また、歯周病は糖尿病の第六の合併症と呼ばれているだけでなく、糖尿病が改善しない原因にもなっていると考えられています。
実際に、歯周病の治療をすると糖尿病の数値が良くなるデータもります。この調査はさまざまな意見がありますが、今後はもっと重度の歯周病を抱えている糖尿病の患者さんに対して、調査・研究が進めば、もっと分かりやすい結果が出るのではないかと考えられています。
糖尿病と歯周病の医療連携
相模原には紫陽花会という有志による医師会があり、糖尿病と歯周病にまつわる医療連携のための勉強会を行っています。糖尿病を安定させるためには糖質を減らさないといけませんが、歯周病で歯がグラグラしていると、柔らかい物を食べるしかありません。そのため糖尿病が治りにくいという問題があり、歯が歯の問題だけで終わらない時代になってきていることを実感しています。
あらゆる病気を抱えた方への歯周病治療
当院ではあらゆる問診をして、これまでの病歴や使っている薬を細かく確認しています。どうしてもわからないところがあれば、確認して万全の状態で治療を行うため、患者様の主治医に手紙を書かせていただき病状紹介を取り、患者様がどういう状態なのかを確認してから処置をしています。
あらゆる病気を未然に防ぎ、心身ともに健康に年齢を重ねて充実した日々を送るためにも、歯周病を治療し、口の中を良い状態に保つことは欠かせません。
歯周病は「本気で治したい」という患者様の強い意志があれば快方に向かう病気です。歯周病を治すためにがんばろうと思われる方は、ぜひお気軽にご相談ください。
参考資料
Advanced Science January 23, 2019
http://web.apollon.nta.co.jp/jspf60/files/shoroku/ikasikarenkeisymposiumu_02.pdf